Azure Cielo 3 (Hibari → Tsunayoshi ← Mukuro)




四年に一度のオリンピック・イヤー以外、二月は二十八日までだ。
つまり…二月と三月のカレンダーは、二十八日までが同じ曜日となる。
二〇〇九年二月十四日、バレンタインデーは土曜日。
オリンピック開催年ではない今年、三月十四日の曜日も二月と同じで土曜日。幸いなことに補習はないらしく、その日の綱吉は完全オフだった。


先月のバレンタインデーは、綱吉にとっては『厄日』としか言いようのない一日だった。
補習の帰りに応接室に寄ったところ、風邪による発熱でダウンした雲の守護者、雲雀恭弥を看病しようとして逆に襲われ…帰宅してからはどこからともなく現れた霧の守護者、六道骸にあやうく貞操を奪われそうになった。
その場を救ってくれたのは…なんと並盛中央病院に入院している筈の雲雀だった。
どこからともなく綱吉の危機を嗅ぎ取ったのだろうか。骸にトンファーをつきつけた雲雀は一触即発の状態。自分の部屋で死闘が始まるのもゴメンだった綱吉は必死でふたりをとめたところ…その矛先は思わぬ方向に帰ってきた。
ふたりに『どっちを選ぶのか』と詰め寄られ…あやうくふたりに押し倒されそうになったのだ。
あの時、睡眠を邪魔された怒りもあらわに部屋の扉をぶちやぶったリボーンがやってこなければ…一体、自分はどうなっていたことか。考えただけで頭が痛い。
そして…今日はホワイトデー。
なりゆきでチョコをあげたふたりの守護者からどんなお返しが返ってくるのかと考えた綱吉の頭は朝からがんがんと痛んでいた。


「…ああ…ついに来てしまった。てか、来ちゃったよ、ホワイトデー!!」
自室の机に向かった綱吉は頭をかきむしる。
 朝からついた溜息は数知れず。それを少し離れたベッドにちょこんと座った二頭身の赤ん坊、リボーンはぽつりと呟く。
「んなの、前々から分かってたことだろーが」
 カレンダーの日付が勝手に変わる訳もない。
「そんなの、分かってるよ〜。どうしよう。とりあえず…相手が此処に来る前に逃げた方がいいかな…」
「逃げるって…何処へ?おまえ、本気であのふたりから逃げ切れると思ってんのか?」
 大きな黒目にあどけない表情。ベッドで足をぶらぶらさせた子供じみた様子とは裏腹に、この家庭教師の言葉は纏っているブラック・スーツのごとく、どこまでもクールで辛辣だ。
「…ううう。確かにそうかもしれないー」
 綱吉は机に突っ伏す。
 雲雀恭弥は並盛中学校だけではなく、この並盛すべてを支配化に置く帝王だ。家を出るだけでは彼からは逃げ出せそうにはない気がする。もちろん、まだ中学生の綱吉がそう簡単に遠くに逃亡できる筈もない。
 そして…もうひとりの六道骸。こちらはもっと始末に終えない。
 彼は現在、マフィアのオルメタに背いた者が収容される『復讐者の牢獄』の最下層にある水牢に幽閉されているのだ。
 躯と能力の一部を奪われているとはいえ…六道輪廻を繰り返してきたという骸の力はあなどれない。現世に居る彼の分身、クローム髑髏の躯を借り、時折、綱吉の前に実体を伴って姿を現すのだ。
 並盛を出れば雲雀からは逃げられるかもしれないが…世界の何処に居たって骸から逃げ出すことは出来ない。
ならば、むしろ、並盛の中に居た方が安心だ。何故ならば…雲の守護者と霧の守護者は互いを毛嫌いしていて、牽制しあっているからだ。
「…おとなしくしてます…」
 ならば、今日は一歩も家から出ない方が得策かもしれない。しょぼんと項垂れた綱吉に、そういえば、とリボーンは呟く。
「てめー。そういえば、クロームからもチョコをもらったんだろうが。お礼はちゃんと用意したのか?」
 さすが生粋のイタリア男。口は悪いが、基本的にリボーンはフェニミストで女性にはとても優しい。
「ちゃんと用意したよー」
 指をさした先には、ピンク色のパッケージ。昨日のうちに、ちゃんとラ・ナミモリーヌでホワイトデー用に用意された焼き菓子のつめあわせセットを買ってきていた。
「ほほぅ?てめーにしては気がきいてるじゃないか」
「ははは…」
 家庭教師のお言葉に綱吉は苦笑する。もちろん、綱吉がこんな気のきいたお礼を思いつく訳がなく、同居人のビアンキの入れ知恵だ。
「いいか、ダメツナ。マフィアのボスともあろうもの、愛人の四人や五人、居ても当たり前なんだからな。女の扱いには慣れておけ」
「…それもそれで問題なんでは…」
 基本的に、貞操観念の強い生粋の日本人である綱吉にとっては、ひとりの男にひとりの女が向かい合う一夫一婦制が当たり前。しかも、万年新婚夫婦である家光と奈々の両親を見ていれば、なおのことだ。愛人なんて、考えられる筈もなかった。
「…というか」
 ちらりと綱吉を見て、リボーンははぁ、と深い溜息をつく。
「てめーの場合、愛人の四人や五人が出来たとしても…全員男のような気がするな…」
 その言葉に綱吉の顔が一気に赤くなる。
 獄寺隼人、山本武、雲雀恭弥、六道骸…。自分を取り巻く守護者連中が、単にボスに対する思慕以上の感情をぶつけてきている自覚はある。
 中でも、雲の守護者、雲雀恭弥と霧の守護者、六道骸は…綱吉のことを『僕の』と所有化することを憚らない。
「…男をたらしこむ才能だけは見事に開花したな」
「嬉しかないよ!そんな才能!」
 しかも、そんなこと、教えてもらった覚えもない!と憤慨すると…リボーンにはあっさりと『それはてめーの天賦の才だ』とダメ押しされた。
「そんな才能あっても嬉しくない…」
 再び綱吉は机に撃沈する。
「ツーくーん」
 その時、階下から響いた明るい声。母親の奈々の声だ。
「…なにー?」
 そのまま返事をすると、奈々が続ける。
「卵買ってきてくれないー?今日は駅前のスーパーが特売なのー」
「……」
 あまりに現実的な言葉に綱吉の思考回路が一瞬止まる。
 今日は絶対に、家から一歩も出歩かないでいようと思っていたのにこれだ。
しかも、一パック二二〇円の卵のために。
 定価で明日買ってきてくれ、と突っぱねればよかったのかもしれないが…。綱吉もそこは小市民。『お買い得』の言葉にちょっと気持が揺れる。
「…まぁ、どうせクロームにお礼持っていこうと思ってたし…」
 そんな言い訳を呟く。
「ねぇ、ツーくん。お願いー。」
長い間、父親不在の母子家庭で育ってきたからだろうか。(実際、綱吉の去年までの保護者欄に父親の表記は空白だった)昔から、母の『お願い』には逆らえない。
「…はいはいはい。分かりました」
 諦めたようにくしゃりと髪をかきあげ、綱吉は立ち上がる。
「行ってくるよ。一パックでいいの?」
 そう言って、廊下から顔を覗かせれば…奈々の笑顔が見える。
「ほんと?だったら二パック買ってきてちょうだい!お願いするわ〜」
 ぱっと輝いた笑顔は、まるで向日葵みたいだと思う。
「ママン、今日のお昼ごはんなぁに?」
「ツーくんが卵を買ってきてくれるから、オムライスにしましょうか?」
「わー!オレっち、オムライスだいすき!」
「イーピンも〜!」
 母の足元には、ちびっこふたりがまとわりついている。
 エプロンの裾をひっぱるランボを奈々は抱き上げる。
「そう。よかったわ〜。他に何か食べたいものはある?」
「ええとねぇ…。フライドチキンとポテトサラダ!」
「イーピン、ホイコーロー!」
「ううん…オムライスとホイコーローは食べ合わせ悪いかしら…じゃあ、お昼はオムライスにして、春キャベツが美味しい季節だし…夜はホイコーローとフライドチキンにしましょう!」
「わー。ママン、大好き〜!」
「うふふ、私もあなたたちのこと、大好きよ」
 そう言って、奈々はもう片方の手でイーピンを抱き上げる。
「ツーくん、ピーマンとキャベツも買ってきてくれるー?」
 二階を見上げた奈々は、息子に買い物の追加を注文した。
「うん。分かった。ほかにも何かあったらメールして」
 廊下の手摺にもたれた綱吉は、子供たちと母親のやりとりを眺めていた。
 リボーンがこの家にやってきてから、いつの間にか増えていた同居人たち。彼らの素性をまったく気にせず、奈々は彼らを家に置くことに同意してくれた。
 すべてをその腕に抱きしめ、包み込むその姿は…『大空』の持つ属性にとてもよく似ている。自分の躯に流れるボンゴレの血は、父親の家光から受け継いだものらしい。けれど、母親の奈々にもその素質があるのではないかと思う。
自分が母親似の女顔だという自覚はある。が…やっぱり、この笑顔には敵わない。
そう思いながら、綱吉は仲良く談笑しながらキッチンへと向かっていく三人の姿を見送った。

***

「ええと…確か、このあたり…」
 下草を踏みしめた綱吉は、視界を遮る枝をはらう。
 並盛と隣接した黒曜の一角にあるヘルシーランド。そこが、かつて骸と行動を共にしたクロームや千種、犬たちが棲む場所だった。
 既に、閉園されてかなりの年月が過ぎたその施設は、荒れ放題だ。だからこそ、マフィアから追われる彼らの隠れ家になっているのだが、こんな場所にしか、彼らが身を寄せる場所がないのかと思うと少し寂しい。
『うちの家に来ない?』
 そう、クロームに声をかけたことがあったが…彼女はそれに首を横に振った。
『犬と千種が居るから…ここでいい』
 と、そう言って。
 彼女にとっての『家族』は、柿本千種と城島犬のふたりなのだ。
 それを知ると、綱吉はそれ以上強くは言えなかった。
「…ここかな?」
 ようやく姿を見せた建物。壊れたガラス窓から中を伺っていると…不意に背後から声をかけられた。
「…ボス?」
「うわぁ!」
 思わぬ方向からのその声に、綱吉は慌てて振り返る。と、そこには、捜していたクロームの姿があった。
 相変わらず、丈の短いモス・グリーンの黒曜中学校の制服を着ている。
「クローム!びっくりしたよ」
 まだ心臓がどきどき言っている。綱吉は、紺色のピーコートに包まれた自分の胸に手をあてた。
「…ごめんなさい」
 彼女はしゅんと項垂れる。
「いや、怒ってる訳じゃないよ!ちょっとびっくりしただけで…」
 慌てて綱吉は弁解する。
 以前、骸から聞いたことがある。
 クロームは…元女優の母親と、血の繋がらない父親と三人で暮らしていた。しかし、両親はどちらも子供よりも自分のことが大切で…彼女は親から愛されずに育ったのだ、と。そのためなのか…彼女は他人の言葉に酷く敏感だ。特に、自分が心を赦した相手に嫌われることを極度に恐れる。だから、綱吉の言葉に過剰な反応を示したのだろう。
「…怒ってないよ。クローム」
 そう言って、綱吉はにっこりと笑う。その顔を見ていたクロームは…ようやくぎこちない笑顔を見せる。
「よかった…」
 はにかむようなその微笑みに綱吉は安堵する。
「あ、クローム。これ…」
 ようやく此処に来た用件を思い出した。綱吉は持っていた紙袋をクロームに差し出す。
「ボス、これ…?」
 突然現れたピンクのショッパーを、瞳を丸くして見つめていたクロームは小首を傾げる。
「えーと。あの、うん…バレンタインデーにもらったチョコのお返しなんだ」
「…ホワイトデー?」
「うん。そう」
 そう言えば…クロームは小さな手でそれを受け取った。
「ありがとう。ボス。嬉しい…!」
 ショッパーをぎゅっと抱きしめると、彼女はにっこりと笑う。
「よかった」
 守護者たちの間では、あまり笑顔を見せることのないクロームだが、その表情は無垢な子供のそれだ。ひだまりのような笑顔に綱吉の心までもが温かくなる。
「ところで、最近、骸はどうしてるのかな…?」
 何気なさを装って綱吉はクロームに此処には居ない男の所在を問う。
 骸と契約を交わしている彼女は、魂の一部がつながっているのだろう。誰も分からない骸の様子を彼女だけは知っていた。
「…骸さま…最近、連絡が取れないの」
 ショッパーを抱きしめたまま、クロームはしょんぼりとした様子でそう言った。
「…え…?」
 クロームですら連絡が取れないということは…骸の体に何か異変があったのだろうか。帰宅したらリボーンを通じてすぐに復讐者の牢獄に連絡を取ってもらおうか、そんなことが頭を掠める。
「じゃあ…こっちにも…?」
 骸が現世に姿を現す際には、クロームの体を媒介にしている。つまり、彼女が気付かない筈はない。
「…うん」
 こくりと彼女はひとつ頷いた。
 どうやら、心配そうなその表情からも、クロームもまた骸のことを気にしているのが分かる。
「…そっか。じゃあ、オレの方でも骸のこと、少し調べてみるよ。分かったらすぐに連絡する」
 そう言えば…彼女ははじかれたように顔を上げる。
「…本当?」
 期待に瞳を輝かせた彼女の頭を撫で、綱吉は笑った。
「うん。約束するよ」






**Comment**

3月はホワイトデー編。
今回は、現代&10年後入り混じってのお話となりました。

ゆうさん!骸がかっこいい表紙をありがとう!(しかも10年後です。クフフ)
中身もそれにともなっているといいなぁ。

HARUコミは別ジャンルでの参加となりますので、リボーンSPからは遠くて申し訳ありません。
最後にふらっと遊びにいらしてください。
お待ちしております!


2009.3.9 綺阿