からっぽの空 (1st Gardian of Nebbia (Chrome) x Vongola 10th (Tsunayoshi)




―――毎晩、毎晩、夢を見る。

それは、どこか懐かしいような、優しいような…そして、どこか悲しいような夢。


「…あれ?」
ふと、意識を覚醒させた少年は…自分を取り巻く世界に首を傾げる。
ついさきほどまで、並盛にあるごくごく平凡な建売住宅である沢田家の二階にある自分の部屋に居た筈だ。
しかし…今、彼が居るのは…鬱蒼とした木々が頭上に生い茂る森の中だった。
「…リボーンが来てから、滅多なことでは驚かない耐性がついてきたと思ったけど…」
 ぽりぽりと頭をかいた少年はぼそりと呟く。
 彼の名は沢田綱吉。ごくごく普通の日本の中流家庭に生まれ育った少年だ。しかし…彼の成績だけは並ではなかった。
 勉強もダメ、運動もダメ。何をやらせてもダメダメづくしの、並盛中学校でも有名な劣等生だった。
 そんな綱吉のために母、奈々はある日、家庭教師を雇う。
突然、沢田家にやってきたその家庭教師は…ただものではなかった。黒いスーツを隙なくびしりと着こなし、頭には目深にかぶるボルサリーノ。その手には彼のペットである記憶形状カメレオン、レオンが変形する銃。
見てくれは二頭身の赤ん坊体型のくせに、彼は自分を世界一のヒットマンだという。そして…言った。


『オレはおまえを一人前のマフィアにしてみせる』―――と。


その自己紹介を耳半分に聞いていた綱吉だったが…リボーンは本気だった。半端なく強いその家庭教師によって、綱吉は生まれ変わった。無気力はなりを顰め…いつの間にか、クラスメイトの極寺隼人や山本武をはじめ彼の周囲には心から信じることのできる仲間が集まりはじめた。
そんな時…綱吉の前にある人物が現れる。
男の名はXANXAS。彼は、ボンゴレ\世の息子である自分こそがボンゴレの正統な後継者だと名乗り、その証である指輪を懸けて綱吉に戦いを挑んできたのだ。
その時…綱吉は初めて自分の祖先がイタリアで最も大きな勢力を持つボンゴレ・ファミリーの創始者、初代ボンゴレ・ジョットであったことを知り…そして、イタリアから綱吉の元にリボーンを送り込んだ張本人こそが…現在、行方不明のボンゴレ\世であったことを知る。
古来より…大空のリングを持つボンゴレのボスは窮地に陥った際、嵐、雨、雷、晴、霧、雲。天候に準えた六つのリングを持つ守護者を集めて災いを退けたという。
十代目の候補のひとりであった綱吉は…同じく候補者であるXANXASと、ボスの座をかけて闘うことになる。
それは…互いの守護者六人を交えての総力戦だった。
XANXAS側の守護者たちは、ボンゴレの独立暗殺部隊 [ヴァリアー]に所属していた。その強さは折り紙つきだったが…綱吉の守護者たちは怯まなかった。
死闘の末、彼らのおかげで綱吉は勝利とボンゴレ]世の名を手に入れることができた。しかし…元よりマフィアのボスになどなるつもりがさらさらない綱吉は…すぐにでもボンゴレ]世の襲名披露を、とせっつくシチリアにあるボンゴレ本部からの連絡をのらりくらりとかわし、漸く取戻したちょっぴり退屈で平和な日々を満喫していた。


 そんな風に日常を過ごしていた綱吉に…再び、非日常ともいえる出来事が降りかかった。
最初は偶然だと思った。しかし…同じシュチュエーションの夢を毎日見るようになれば…さすがにそれに誰かの作為を感じない訳にはいかない。
あまりに非現実的なことが起こる毎日に慣らされてしまったため『これは夢だ。夢なんだ』と安直に片付けることのできなくなってしまった自分を綱吉はちょっとだけ寂しいと思った。


「あー…また、ここなのかぁ」
 ぼそりと綱吉は呟く。
 さすがに、もう今夜で三日連続、この場所に立っている。
 小さな湖とその周囲を取り囲む森。
此処が何処だか分からないとはいえ、この風景を覚えていなければよほどのバカだろう。
ぽりぽりと頭をかいていた綱吉は…ふと思い立って自分の足元を見る。
大地はやわらかな下草に覆われている。
それを踏みしめる綱吉の足は…靴下に包まれていた。靴は履いていない。
そして…自分の服を見てみる。
「…やっぱり…」
 綱吉は盛大な溜息をつく。
自らの纏っている服も、モスグリーンに赤と青のチェックのパジャマだったのだ。要するに、ベッドに入って眠りにつく前の姿そのままだった。
靴下を履いたまま寝るのはだめよ、といつも母親の奈々に咎められていたが…今回はそれが功を相したのかもしれない。寒がりでよかったと思う綱吉だった。
「…リアルなんだか、そうでないんだか分からないなぁ」
 そう言って、彼はひとつ溜息をつく。
 取り合えず…こんな森の中でぼんやりしているのも何だ。
 彼はゆっくりと歩き始める。
 ざああっという音と共に、頭上の木立が揺れた。
「…雨が降りそうだな」
 見上げた空は…分厚いグレイの雨雲に覆われている。
時計がないので、一体何時くらいなのかははっきりしなかったが、どんよりと曇った空を見ている限りは夕闇に包まれるまでにあまり時間はなさそうだった。
「夢かもしれないけど…もし、夢じゃなかったら困るよな」
 全くどこだか分からない場所で雨に降られるのは御免だ。
 とりあえず、雨を凌げる場所を探そう。そう思った綱吉はきょろきょろと辺りを見回す。
 その時…鼻先にぽつりと触れる雫。
「え……雨!?」
さきほどから泣き出しそうだった空からついに雫が落ちてきたのだ。
ぽつぽつと綱吉の肌を濡らす雨粒は、次第に大きく、強くなってくる。
「ちょ…タンマ!…嘘だろ!?」
 森の方へと駆け出した綱吉は…木立の中で形を纏った闇の姿を見つめる。
「…!…」
 思わず、肌を刺した殺気に綱吉は足を止める。ヴァリアーたちとの闘いによって研ぎ澄まされた感覚が彼に身の危険を告げていた。
「…誰ですか?」
 穏やかな男の声が響く。
 しかし、その声色とはうらはらに、さきほどからぴりぴりと肌を刺す殺気はその声の方から漂っている。無意識のうちに、綱吉は身構える。
 リボーンに鍛えられ、それなりに強くはなったつもりだ。
けれど、今の綱吉は死ぬ気モードになれる「死ぬ気丸」も持っていなければ…Xグローブも持ってはいない。
(…今のオレに…何が出来る?)
 これまでの戦闘で、それなりに体術は鍛えられているつもりだった。けれど…生身の躯では限界がある。それに…。
(こいつ…強い)
 ボンゴレの血筋に代々伝わるという『超直感』。それは…綱吉に、まだ姿を見せない相手がどれほどの強さを秘めているかを伝えていた。
(ヴァリアーと同様…いや…それ以上…?)
下草を踏みしめる靴音は一定のリズムを刻んでいる。
獣がゆっくりと獲物との間合いを詰めるように、その人物は綱吉にプレッシャーを与えながら森の奥から歩み寄ってくる。
(…来る!)
 周囲の空気の色が一瞬で変化する。
 今まで凪いでいた海が…一瞬で荒れ狂う嵐に姿を変えるかのように、自らに向けられた混じり気のない殺気を綱吉は肌で感じる。
「…っ…!」
 頭上から振り下ろされた長槍。その攻撃を、綱吉は両腕をクロスさせることで受け止める。
 衝撃が走り、じんと腕が痛んだが、それを唇を噛み締めて耐えた。
 第一撃が交わされたことを知り、男は獲物を引いた。
「…へぇ。僕の攻撃をよくかわしましたね」
 長い三又槍(トライデント)を右肩に預けた男の相貌を認め、綱吉は思わず叫
んでいた。
「…おまえ…」
 長身の男は…夜と同じ色の軍服に似た黒い長衣を纏っていた。
 その瞳の色は…左がサファイア・ブルー。右がルビーのようなスカーレット・レッド。色の違うオッド・アイだった。
 こんな印象的な瞳を持つ人物を…綱吉はひとりしか知らなかった。

「……骸!?…六道骸っ!」

思わず、綱吉は叫んでいた。
そういえば、人を喰ったようにシニカルにゆがめられた唇も、特徴的な逆毛をたてた髪型をした宵闇色の髪も…彼そのものだった。
「骸…おまえ…どうして…」
 思わず、綱吉はそう呟かずにはいられなかった。
 六道骸は…かつて、黒曜中学校のメンバーを率いて綱吉の前に現れた少年だった。

 ―――そう。綱吉の『敵』として。

 天道、地獄道、人間道、餓鬼道、畜生道、修羅道。
輪廻転生を繰り返すことにより、骸はその六つの世界のすべてを通ってきた。そんな彼が体得した技、それは…真紅の右目に宿っている。
 そのスキルを持つ彼は、綱吉にとって強敵だった。しかし、獄寺やビアンキ…大切な友人たちを護るため綱吉は真っ向から彼に立ち向かった。
いつもリボーンの頭にちょこんと乗っている形状記憶カメレオン、レオンが吐き出したアイテム、Xグローブの力によって『ブラッド・オブ・ボンゴレ』を覚醒させた綱吉は…死ぬ気の境地を体現した綱吉は苦戦の末に骸を撃破。その掌に宿った死
ぬ気の焔は骸の精神を支配していたどす黒い闘気(オーラ)を浄化した。

そして、しばらくしてヴァリアーとの戦いの際、彼は綱吉の前に再び姿を現す。
 
―――ボンゴレ『霧の守護者』として。

「……」
 じっと、綱吉は向かいに立つ男を見つめる。
 当の骸はといえば…黒い革の手袋に覆われた手を唇に当て…何やら思案顔だった。
自分よりもひとつ年上だと言うが、身長は二〇センチ以上違うし、出逢った頃から不遜な態度の彼は自分よりも大人びて見える。しばらく見ないうちに、更にその差が広がっているように感じるのは自分の気のせいだろうか。それとも、やっかみだろうか。綱吉はそんなことを考える。
 三又槍を握る彼の右手とは逆の左手の中指には…手袋の上から確かに霧の刻印を刻むボンゴレリングが嵌められていた。
「…君は…」
 そう呟き、骸はすうっと色の違う瞳を細める。それは…どこかとても懐かしいものを見つめるような視線だった。
 気付けば、彼が纏う空気は色を変えていた。
 さきほどまでの刺すような殺気は何時の間にかすっかり消え去っている。
「…そうですか」
 ぽつりと、彼は呟く。
「え?」
「…いえ。何もありません」
 そう言った彼の声は穏やかなものだった。すっと…まるで空気に溶け込むかのように、骸の手から長い三又槍が消え去る。
そして、彼は綱吉に向かって歩みを進める。
「…!…」
 近くなる距離に、綱吉は反射的に身を堅くする。
 彼らが対峙している間にも、雨は振り続けていた。いつの間にか、彼らの躯は濡れそぼっていた。
「…あ…」
 目の前に立った男を綱吉は見上げる。
 見上げる長身との差は…ニ〇センチどころではないような気がする。
 しっとりと濡れた宵闇色の髪は漆黒に近い。
 そして…自分をじっと見つめる色違いの瞳。
 そこには、初めて彼と瞳をあわせた時のような殺気も憎しみも感じられない。そこにあるのは…ただ、穏やかでどこか温かな…慈しむような色だった。
「…むく…ろ?」
 すっと彼の手が伸びる。
 反射的にぎゅっと瞳を閉じた綱吉は…世界がぐるりと廻るのを感じる。
「えええ!?」
 慌てて瞳を開くと…視界に映ったのは空だった。
 男のいきなりの行動に綱吉は慌てる。上背のある彼は、いきなり綱吉の膝裏に手を入れて彼を抱き上げたのだった。
いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
「あ…あのっ!お…下ろしてください!」
 慌ててそう言った綱吉に…男はくすりと笑う。
「…でも、君、靴を履いていないでしょう?雨脚が強くなってきました。…あちらで雨宿りをしましょう」
 そう言って、彼はゆっくりと森の中へと足を進める。
「でも…あのっ…!」
 思わず、そう声をあげた綱吉に彼は淡く微笑む。
「どうか…僕にすべて任せてください」
 その声は…まるで麻薬のように綱吉の思考を甘く溶かす。
 最初、彼から感じていた殺気のことなど、綱吉はまったく忘れ去っていた。
(―――大丈夫。この人に任せておけば、大丈夫)
 綱吉は力を抜いて躯をその人の腕にゆだねる。
 普通に考えてみれば、ほぼ初対面のこの男にのこのこ連れていかれようとしているのだ。危険なことこの上ない。
 彼の右腕を自負する嵐の守護者、獄寺隼人の耳に入ろうものならば「見ず知らずの人間についていくだなんて、危険です!十代目!」と叱責をくらうことだろう。
「…ありがとうございます」
 綱吉の躯から緊張が解けたことを感じたのだろう。青年はそう言った。
その穏やかな声は…自分のよく知る骸の声と同じようで…しかしどこか違うと綱吉は感じていた。何故なら、六道骸が自分に対してこんな優しい声をあげることはないからだ。
(都合のいい夢…だな)
綱吉は自嘲的に哂う。
彼は決して自分の本心を口にはしない。
しかし、これがボンゴレの血のなせる業なのか…それとも、守護者と主の繋がりなのか…何度か綱吉は彼の意識の深い部分
と同調(シンクロ)したことがあった。
その時…綱吉には見えてしまった。
まだ幼い彼の身に降りかかった悲劇と…彼の本体が今、復讐者の牢獄の中で最下層の牢獄に閉じ込められているのは、彼が唯一信頼する仲間たちを逃すためだったという真実が。

『僕が君の守護者になったのは…君の躯を乗っ取るのに都合がいいからですよ。…沢田綱吉』

 かつて…ヴァリアーとの霧の守護者戦で敵を破った骸に対し、『ありがとう』と礼を言った綱吉に彼はそっけなくこう言った。
そこには、綱吉に対するいい感情などかけらも感じさせなかった。
 けれど…冷酷無比だと聞いていた彼が…本当は、自分の身よりも仲間を大切にする優しい人であることを綱吉は理解していた。
(…骸…)
 光も差さない牢獄。寒い水牢の中で眠り続けている彼の名前を綱吉は胸のうちで呟く。
 自分の身を犠牲にしても、彼が助けたふたりの仲間のことを…綱吉はどこか羨ましく感じていた。
(オレがもし…誰かに殺されそうになった時は…オレを助けに来てくれる?)
 彼が自分の守護者になったのはふたりの仲間たちの身柄の保証を得るための取引だったことを綱吉は知っている。
 彼は本心からボンゴレに忠誠を誓った訳ではない。
(夢でもいい。…どうか、もう少しこのままで)
綱吉は男の腕の強さとぬくもりを感じながら瞳を閉じた。

To be Continued…


もうひとつのお話はこちら。



** Comment**

冬コミ新刊『からっぽの空』の冒頭部分です。
このお話も、初代霧×大空コンビと、十代目霧×大空コンビが入り混じっています。
というか…ムクツナといいつつ、限りなく骸⇒綱吉な気がしてきた…。
メインは初代コンビです。
ふたりの出逢いと別れを捏造しております。
ちょこっとだけ、初代雲⇒初代大空なシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。

しかし…何とか上がってよかったよ…。
ぎりぎりでした・・・。


2008.12.20 藍花