からっぽの空 (1st Gardian of Nebbia (Chrome) x Vongola 1st (Giotto)



「…カルロ…」
 手にしていた花束を青年は粗末な墓碑の前に供える。彼はその前に膝をついて黙祷をする。
 この小さな友人の死が…ジョットの人生を変えた。死神と契約を交わし、強大な力を得た彼は…彼に賛同する仲間と共に秘密結社であるボンゴレ・ファミリーを創設。組織はあっという間にイタリアの裏社会を取り仕切り…今では、ボンゴレの許可なしに武器や麻薬がヨーロッパに出回ることはないとまで言われるようになっていた。
 そのトップである彼は非常に多忙だった。気ままに街をひとりで歩く時間などほとんどない。けれど、彼は一月に一度だけ…亡くなったカルロの月命日にだけ…いつもべったりと彼の傍に張り付いている嵐の守護者や雨の守護者の目をかいくぐってひとりでこの小さな教会の墓地を訪ねていた。
「…もう、いいかげんになさったらどうですか」
 どのくらい、その小さな墓碑の前に佇んでいたのだろう。
不意に背後からかかった声に、ジョットは意識を浮上させる。
 今や…マフィアのボスである彼は、人の気配には聡い。その自分に全く気配を悟らせなかった人物を彼は振り返った。
 そこには…自分に傘をさしかける青年の姿があった。
 宵闇色の髪は…後ろだけが長く伸ばされてひとつに束ねられている。じっと自分を見つめる瞳は、穏やかな海の蒼。
漆黒の詰襟を纏った彼は…首から長いロザリオをかけていた。
「おまえは…」
 ジョットの問いに彼は簡単に答えた。
「先月からこちらの教会にお世話になっております。クロームと申します。どうぞ、お見知りおきを」
 そう言って、彼はにっこりと微笑んだ。
「…クローム…」
 教えられた名前をジョットは口の中で繰り返す。
「…亡くなられた方を悼む気持は分かりますが…この雪の中、それ以上こんなところに居れば…風邪を引いてしまいますよ」
 その言葉に、ジョットは空を見上げる。
 グレイの空からは、まるで天使の羽のような白いものがちらほらと舞い降りていた。
「雪か…何時の間に」
 ジョットは自分の痩躯を包む黒いマントを見つめる。夜のような漆黒のカシミアを真っ白な雪の結晶が飾っていた。
「さきほどから。…あなたの髪にも」
 そう言って青年は指先を伸ばし、ジョットの髪に触れようとする。その刹那…ジョットの左手にはめられた指から…勢いよくオレンジの焔が燃え上がる。
「…っ…!」
 こんな風に、指輪が主であるジョットの意識をよそに暴走することは珍しい。
「…何…だ…?」
その焔は、まるで何かに共鳴するかのように激しく明滅を繰り返す。
「…まさか…」
 ポケットを探ったジョットは…無骨な指輪を取り出す。それは…未だ主を持たない霧のリングだった。それは…大空のリング同様、インディゴの焔に包まれていた。
「…何ですか…この指輪は」
 その声に、ジョットははっと意識を戻す。
 黒い革の手袋の上に乗せられた指輪を…クロームと名乗った青年はじっと見つめていた。
 普通の人間には、指輪は見えるが…指輪の纏う焔は見えない筈だ。それが見えるということは…クロームは守護者としての資質を備えているということに他ならなかった。
「…見つけた…」
 ジョットは、ぎゅっと彼の胸倉を掴む。
「な…何を…?」
「見つけた。おまえが…オレの霧の守護者だ」
 その言葉に、彼は眉を顰める。
「霧の守護者?何のことですか?」
 分からないのは当然だ。ジョットは彼に自らがイタリアでその名を知らない者は居ないという、ボンゴレ・ファミリーのトップ、ボンゴレT世であることと…強大な力を秘めたボンゴレリングを任せることのできる守護者を捜していることを告げた。
 その話を…最初は驚いたように聞いていたクロームだったが…彼の表情はどんどんと曇って言った。
「…お断りします」
 ジョットの申し出をクロームはあっさりと断った。
「何故だ?おまえは指輪の守護者としての資質を備えている。オレのところに来れば…一生困ることはない」
 その言葉にクロームは小さな溜息をついた。
 立ち話が続き、その間に雪は激しくなっていた。もはや、傘は役に立たず…ふたりとも、その髪に、肩に、雪を散らせていた。
「…僕は神父です。その僕に…あなたは人殺しの片棒を担げとおっしゃるんですか?」
 その言葉にジョットの胸がずきりと痛む。
 確かに彼は『力が欲しい』と言った。それは人を傷つけるための力ではなく、護るための力である筈だった。
しかし…組織が大きくなればどうしても末端まで目が届きにくくなる。自分の本意ではないのに、ボンゴレの力によって人々が傷つけられることもある。そのことに、彼自身もまた心を痛めていたのだ。
「僕は…生涯を神に捧げた身。…申し訳ありませんが…ご希望に添うことは出来ません」
 そう言って、青年は傘を遺してジョットの隣を通り過ぎていく。
「…待て…!」
 しかし、彼がその声に脚を止めることはなかった。
 ジョットはただ…インディゴの焔をちらつかせる指輪を握り締めることしか出来なかった。


しかし…一度くらいでジョットが諦める筈がない。
それからというもの…彼は三日とあけず、あの小さな教会へと脚を運ぶようになっていた。
「…またあなたですか。しつこいですね」
 日曜日のミサが終った後、まだベンチに腰を下ろして帰ろうとしない人物に、うんざりしたように青年は眉を顰める。
「…別におまえに逢いに来た訳じゃない。たまにも真面目にミサに顔を出してみただけだ」
そう言って立ち上がったジョットだったが…目的が彼…クロームに逢うためだということは一目瞭然だった。
(…何が真面目にミサですか。あなたがそんな殊勝な人だなんて、知りませんでした)
 彼の隣に居た青年はそう内心で毒づく。それは、ボスの右腕を自負し、片時も彼の傍を離れない、指輪の守護者たちの筆頭でもある嵐の守護者だった。
彼は、グレイの髪をかきあげると…アッシュ・グリーンの瞳でじろりと目の前に立つ神父を見つめる。
宵闇色の髪を首の後ろでひとつに束ねた男は…長身を漆黒の衣に包んでいる。物腰は柔らかだが、そんな彼に、嵐の守護者はどことなく違和感を覚えていた。
「そういえば、今日は少しだが食べ物と衣類を持ってきたよ。孤児員の子供たちにあげて欲しい」
そう言って、ジョットはちらりと傍らに居た青年に視線を走らせる。
「こちらをどうぞ」
 嵐の守護者の反対側に居た雨の守護者が、両手に持っていた袋をクロームに押し付ける。そこには、厚手のコートや焼きたてのパン、塩づけの肉などが入っていた。
「…慈善活動に精を出されるのは結構ですが…モノで僕を懐柔できるとは思わないでくださいね」
 そう言って、クロームは傍に居た者にジョットから受け取った品を運ばせる。しかし、その冷たい言葉にもジョットはまったく怯んではいなかった。
「こんなものくらいで、おまえがオレのところに来てくれるのであれば…この百倍のものを運ばせるがな。どうだ?」
「…何度そうおっしゃっても…僕の答えは変わりません」
 ぴしゃりとクロームはそう言った。
「…ガードが固いですね」
 さっさと一行に背を向けたクロームに雨の守護者は呟く。
「ああ。なかなか落ちてくれない。これは…処女に脚を開かせるより手ごわそうだな」
「…その例えは、教会で口にするにはどうかと思いますが」
 嵐の守護者は主の暴言をやんわりととどめる。
「でもまぁ…だからこそ、落とし甲斐があるというものだ」
 祭壇の前で常連である老夫人へと優しく微笑みかけるクロームの姿に瞳を細め…のんびりとジョットは言った。
 

To be Continued…


もうひとつのお話はこちら。


** Comment**

冬コミ新刊『からっぽの空』から抜粋。
こちらは、初代霧×大空コンビです。
プリ様の傍若無人っぷりを書けて、あたしは満足です。
というか…常に霧は大空にふりまわされる運命のような気がするよ…。がんばれ。クローム&骸。


2008.12.20 藍花